イクメンなんてどこにもいない。

長男2歳。教育業界勤務。育休中ですが、イクメンなんてただの幻想です。

#9 保育園帰りに聴いたOfficial髭男dismで泣いた

音楽を聴くとその時によく聴いていた場面が思い出されることがあります。そのまた逆も然りで、音楽を聴くと「ああこれ僕のことだよな…というか僕のためにこの曲はあるんだな」という感覚になることがあります。
曲を作った人は「そんなつもりで作ったわけじゃないけどな…」と思っているかもしれません。けれど、そのような感覚を生み出す曲は人の心にこれからもずっと残る曲とも言えます。

私にとってその曲は『115万キロのフィルム/Official髭男dism』でした。

 

アルバム『エスカパレード』の中の1曲です。

エスカパレード 通常盤

エスカパレード 通常盤

 

子どもを保育園に送りに行った帰りに思わずウルッと来ました。以下詳細を記します。

 

◆そもそもどんな曲?

考察サイトに上手くまとめられていたので、紹介します。

本楽曲のフィルムは「写真フィルム」のことを意味しています。撮影すればするほどフィルムは長くなっていきます。

ここがタイトル解釈のポイントで、「115万キロという長さのフィルム」を作る為には「80年間」撮影を続ける必要があります。

つまり、

●生涯をかけて撮影を続ける

●一生、君のそばにいる

といった主人公の「想い」「誓い」の全てが凝縮されているのです。

【Official髭男dism/115万キロのフィルム】歌詞の意味を解釈!なぜ115万?タイトルの意味が素敵すぎる! | 脳MUSIC 脳LIFE

本来は男性の女性への想いを歌ったラヴソング(って今は言うのでしょうか…)です。映画のストーリーを大切な人と過ごす人生に重ねて歌っている点が特にグッときます。小説を読んでいるかのように聴き手それぞれに物語が想起されていきます。

こういう曲は非常にトリップできて良いですよね。「僕もこんなこと思ってた!」「今まで何となく見過ごしてきた感情はこれだったんだ!」となり、自分のテーマソングになっていく感覚は音楽好きならば誰でも体験している感覚かと思います。

 

◆保育園帰りでの超解釈

保育園帰りでこの曲の中の「君」を「妻」だけでなく、「子ども」も含めた「家族」に何気なく置き換えたら…

泣ける泣ける。。

「日常」こそ幸せなのだ、ということが「非日常」の象徴とも言える映画をモチーフに引き立ってきます。(超解釈であることは重々承知しております…)

具体的に歌詞を挙げてみます。

これから歌う曲の内容は僕の頭の中のこと
主演はもちろん君で
僕は助演で監督でカメラマン
目の奥にあるフィルムで作る映画の話さ Ah

→父親になると、「主演」ではなく、「カメラマン」「監督」のような舞台裏の役割を担うことが多いですよね。その映画は誰に見せるわけでもない、「目の奥にあるフィルム」という自分の家族のためだけの映画になります。

 

ほら、ここで君が笑うシーンが見どころなんだからさ Ah
写真にも映せやしないとても些細なその仕草に

どんな暗いストーリーも覆す瞬間が溢れてる
どれかひとつを切り取って
サムネイルにしようとりあえず今の所は

→些細な子どもや妻の仕草が自分の憂鬱な人生を吹き飛ばしてくれる瞬間はこれまで何度もありました。サムネイルは今もなお更新中です。

 

クランクアップがいつなのか僕らには決められない
だから風に吹かれていこう
フィルムは用意したよ
一生分の長さを ざっと115万キロ

→育児には明確な目標や終わりがありません。子どもの人生は子どもにしか決められないのだから、「風に吹かれていこう」と。「フィルムだけは用意」するぞと。父親としての決意です。

 

さあ、これから生まれる名場面を探しにいこうよ
酸いも甘いも寄り添って
一緒に味わおうフィルムがなくなるまで

撮影を続けようこの命ある限り

→名場面は今までもあるけれど、これからも探しにいこうという期待感。そして家族みんなで命ある限り酸いも甘いも味わおうという曲のラストにふさわしい締め方になっています。

 

子どもができると今までとは違う感じ方・捉え方が生まれると体感した保育園帰りでした。。

※参考

最近、この曲をベースに実写化されているようですね↓

映画『思い、思われ、ふり、ふられ』公式サイト

良い映画には良い曲がつきもの。きっと良い映画のはず…!!

#8 育休は目的でなく手段だと気づくのに2年かかった

第2子が8/3誕生予定なので、育休を7/27-9/4まで取ります。何が決意めいたものがあるわけではないですが、ここまでに至る経緯を記録しておこうと思います。

・2017年9月長男が誕生して2週間後に初めての転勤(地方都市)になりました。転勤して2ヶ月後、妻子が実家(関東)からに合流しました。柄にもなく「ようこそ!」的な花をサプライズで用意していたのですが、妻はそんなことよりも不安でいっぱいの様子でした。子どもはずーっと泣いていました。鈍感な私でも転勤族が家族(子ども)を持つことの怖さをその時初めて感じました。

・転勤前より仕事をコンパクトにしていたつもり(それでも早くて20:30帰宅)でしたが、家に帰れば妻は疲弊しながら淡々と童謡を歌い、子どもはずーっと泣いているという日々が半年ほど続きました。
夫婦会議をしました。新入社員時代、妻(当時同じ職場)に仕事の基礎を叩き込まれていた私は「自分なんかより妻がこの会社で働いた方が遥かに会社にとってプラスになる」と考えていました。妻も今後は専業主婦ではなく、働くことを望んでいました。そして私も妻も家族で一緒に過ごす時間を大切にしようという考えでした。しかし、それらは当時の状況とはまるでかけ離れていました。

・自分の仕事の仕方を抜本的に見直しました。平均2時間は帰宅の時間が早くなりました。(会社もちょうど働き方改革を推進し始めており、色んな制度が構築されてきていました)
そして、ようやく子どもと向き合い始めました。子どもが自分を父親として認識して、私も恥ずかしげもなく童謡を歌い、声のトーンを高くして子どもに話しかけるようになっていました。

・転勤地での生活も慣れてきた頃に妻が2回入院しました。入院期間、実母義母のサポートもありながら、私は子どもを一時保育へ送り、仕事が終われば妻をお見舞いし、子どもを迎えに行き、ご飯を食べ、お風呂に入れて寝かす…という日々を2~3週間続けました。子どもと過ごす時間が増えるほど、子どもが成長している実感が増えました。
妻の2回目の入院が急遽決まり、私が入院準備および一時保育手続きのため仕事を早く切り上げ、家でコンビニのうどんを急いで食べていた時、子どもは「うどん、食べてる!」と初めて2単語で私に話しかけてくれました。
一時保育の送り迎えを続けると、次第に子どもが送り迎えで泣かなくなりました。一時保育期間が終了する頃には、迎えに行くと、子どもが前列でタンバリンを持って先生や友達と歌っていました。それまで子どもが友達と遊んでいるところを今まで1度も見たことがありませんでした。茫然とその姿を眺めている私を子どもが見つけると嬉しそうに駆け寄ってきました。
そんな日々を過ごしていると、自分の中で「こんな貴重な時間を仕事だけに捧げて、果たして良いのだろうか」という、入社時からは考えられないような考えが浮かんでくるようになりました。

・妻の体調が回復し、落ち着いた頃、自分の気持ちの変化を伝えました。そして「第2子の時は育休を取りたい」ということを伝えました。その後、都市部に転勤になり、コロナ禍で在宅勤務が当たり前になってきました。「家族と一緒に過ごす時間を大切にする」ということについて、少しづつ追い風が吹いてきました。そうして今に至ります。

「男の育休とるべきか?」みたいな話はネットでもリアルでも溢れています。最初の転勤直後は「この昭和的風土に風穴空けるために育休取るぜ!」みたいに息巻いていましたが、今となっては「家族でありたい状態のサポートとして育休がある」と考えが変わりました。

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ごちゃごちゃ書きましたが、とにかく育休中は家族のお荷物にならぬよう謙虚に過ごしていきたいと思います…。
今後とも宜しくお願い致します。

#7 子どもが産まれる前の私にこれだけは伝えたい

子どもが産まれて1年があっという間に過ぎ、その間に色々と考え方も変わっていきました。転勤族で今の支店も大先輩(※子ども誕生時はモーレツに働いていたと思われる)か入社して間もない後輩しかいないので、相談しても「なるほど!」と思える話はありませんでした…。

そういった経緯から、今の自分が子どもの産まれる前の自分に何か伝えられることがあるとしたら何だろう…と良く考えるようになりました。もし子どもが産まれる前のパパさんが読んで頂き少しでも引っかかるところがあれば嬉しいです。

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《以降は過去の自分に向けての語りかけるように文体を変えます》

 

子どもが産まれる前の私へ

念願の子どもができたね。本当におめでとう。今子どもは1才3ヶ月だけど、それでも妻から「妊娠した」って聞いた日は忘れないな。あの日の鯛飯美味しかったよね笑

周りも祝福してくれているし、ますます仕事にも力が入る時期だと思う。応援してるよ。家族のために働くエネルギーってあなたが思っている以上に物凄い推進力になるからね。

仕事のことは良いんだけど、今後妻や子どものことで戸惑うことが増えてくるのよ。信じられないかもしれないけど、自分の振る舞いや言動で妻も子どももいっぱい泣かせて自分を責めてしまうこともあった。それでも1年も経てば妻と協力して乗り越えられることも多くなってくるよ。

お節介かも知らないけど、曲がりなりに色々乗り越えてきた私から今の時期知っておいた方が良いことを伝えるわ。どちらかというと「これをやっておけ」というよりかは「こう考えたら良い」ということの方が多いかな。正座して聞けとは言わないから、コーヒー飲みながらでも軽い気持ちで聞いてほしい。

 

妻は他人

いきなりびっくりするよな笑 もしかして1年後、妻と超不仲なんじゃないかとビビったかもしれないね笑 実際は妻とは超仲が良い。

じゃあ何故「妻は他人」ってことをあえてあなたに言わなきゃいけないかってことだよね?それは、あなたが「恋愛結婚」だったことに大きく関係しているんだ。

こんなことまさか自分の口から出るとは思わないだろうけど、恋愛と結婚は全く別物だと思って良い。妻はそのことは結婚していた時から理解していたみたいだけど、私は子どもが産まれてようやくその事に気づいたよ。

何か違うか?

恋愛は「好き」という感情で成立しているのに対し、結婚は「共に生きる」という感情で成立している。これによって何が変わるかというと、「好き」だけならば「可愛いなあ♡」「貴方ってば〜♡」ということも、「共に生きる」という事になると1つ1つお互いに気遣わなければいけない。

「気遣う」という側面だけみると、「結婚」は息苦しく思えるけど、実は「共に生きる」という目的から考えると気遣うことは非常に重要なことなんだ。だから、妻や子どもは「この世で1番気を遣わなくてはならない他人」と思って差し支えない。そうやって、他人の人生を生きて、自分の人生の中で他人が生きていくんだと今は思ってる。

…まだ煮え切らない顔をしてるね笑 「自分の時間はどこにいくんだ?」とでも思っているのかい?笑 分かるよ。僕もそうだった。これについては今は信じられないかもしれないけど、妻や子どもという「世界で1番気遣う他人」と毎日過ごしていると、時間が超使えた独身時代からは想像もできないくらいの発想が生まれてくる。

あなたは今、会社から早くても20時30分に帰ってるだろ?それをあと2時間は短縮できると言ったら驚くかい?実際子どもが産まれて、妻と子どものことを考え続けていたら、それが実現できた。「世界で1番気遣う他人」は自分を想像もしない所に連れて行ってくれる本当にありがたい存在だと思う。僕も妻と子どもにとってそうでありたいね。

「妻を他人と思う」考え方は家族全体を前に進めさせてくれるとここ1年で相当体感した。だから、これは今後1番大事にしてほしい。

 

②育児スキルは妻を越えない。けどやれ。ひたすらやれ

「教育業界に勤めているから育児はある程度はイメージできるし、やればできるだろ。」とか思ってるだろ?笑

とんでもねえぞ!

実際、あなたが想像している1/100も出来ないんだよ…。

なぜか?

妻は妊娠・出産という自分の命と隣り合わせの経験をしているから、子どもに関して必死なんだ。それは子どもが産まれる前、あなたが妻の妊娠でボケーっと浮かれている時からね。

え?僕も必死だって?そりゃあ必死だよな。わかってるって。でも妊娠・出産は自分の命と隣り合わせではないだろ?これは「良し悪し」ではなく、「そういうものなんだ」と思ってほしい。

ただ、「夫側は必死じゃないから、育児の体得が遅くなっても良い」と考えるのは短絡的過ぎる。「必死さ」を話題に出したのは、「そう簡単に妻の育児スキルをあなたは越えることができない」ということを伝えたかったからなんだよ。

「育児スキルは妻を越えることは容易ではないが、上手くなることはできる」これを是非とも心に刻んでほしい。

例を挙げる。

子どもを寝かせることについて、妻と同じ時間をかけてできるかというといきなりはできない。それは妻は毎日必死になって子どもの表情・仕草の変化から最適な行動を選択することを試行錯誤し続けているからなんだ。ここまであなたが理解してようやく「自分は妻みたいにできない」ではなく、「より早く寝かせるためにはどうしたら良いんだろう?」という発想に変わっていく。そうすると自然に妻にもアドバイスをもらいに行ける。そうして少しづつでも寝かしつけが上手くなっていく。

「育児について妻を越えることは容易ではない」と考えることで「自分が上手くなるにはどうしたら良いんだろう?」と考えることが増える。そうすると育児スキルの成長角度は大きくなり、家族全体がハッピーになっていくんだ。

だから、「妻は簡単には越えられない」と念仏のように呟きながら育児をやれ!とにかくやれ!!

 

③子どもから全ての物事を逆算しろ

今までは妻のことを中心に伝えてきたから子どもについても伝えたいことを最後に伝えるわ。

とにかく、子どもから全ての物事を逆算して考えてほしい。これをすると自分も妻も子どもも前に進めることができる。

例えば仕事。今漠然と「今よりもっと仕事で成果を出して出世したいなあ」って思ってるだろ?それ自身は否定することでもないけど、「子どもにとって働いている自分ってどう映ってるのかなあ」と考えてほしい。

え?そんな1才くらいじゃわからないだろって?ただ、今それを考えられなければ今後も考えることはないだろうなあとは思う。それは子どもが産まれた直後が1番生活が激変して、変化を否が応でも要求されるから。そこで今まで通り働いて妻や子どもにしわ寄せが行った時、そういう自分は子どもにどう見えてるんだろうなと考えるようになったのよ。

そうすると「もっと平日でも子どもといる時間作りたいなあ」とか「休日に仕事を持ってくるのはやめよう」という発想になってくる。「平日は早く帰る」「休日は仕事を持ち込まない」という行動から始めるとしんどくなる。だから、子どもから逆算すると行動に対する自分への納得度は高まるんじゃないかな。

 

話が長くなったね。変わることは非常にしんどい部分はあるけど、1人でやるわけじゃない。最高の妻と子どもと一緒に変わっていく。それも幸せだよなと最近ようやく思えるようになってきた。

是非ともあなたには最高の育児スタートダッシュをしてほしいと思っている。応援してるわー!

#6 夜泣き時の夫の振る舞いを探す旅【暫定版】

夜泣き…育児で悩む大きなテーマの1つです。Twitterで「夜泣き」と検索すると悩んでる人の多さがうかがい知れます。そして、もれなく夫の愚痴も付いてきています。

愚痴の大枠は「どうして何にも関わってないくれないの!?」「辛いのは子どもや私なのに被害者ヅラするな!」というような内容。

ご多分に漏れず私も上記のようなことを妻に言われる日々が続きました…。止まらない夜泣きと連動して愚痴を言われる毎日…これは何かしらの進化が求められている…!

―こうして私の夜泣き時の夫の振る舞いを探す旅が始まりました。

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↑旅のイメージ

Twitterで投げかけてみた

夜泣き時の夫の振る舞いについて全くイメージが湧かず、かといって妻にきくタイミングを逃し続けていた私はTwitterで投げかけてみました。

すると、さっそくリプが!

一旦退散した旦那にはヘルプを出すまで来ないで欲しい派です。 ドアの向こうの赤ちゃんは あと3秒で寝そうなグズグズかもしれないのにドアを開けられてリセットしたことがあるので( ˙꒳​˙ ) 翌朝、奥さんより先に赤ちゃんが起きたら一目散に駆け寄って 奥さんを少し寝かせてあげてほしいです。

なるほど…!!!!!!!

まず、「困っている時は妻からサインが来ること」そして「辛いのはむしろ翌朝の寝不足であるということ」…そのことにようやく気づいたのです。

▪冒頭の愚痴を分解してみる

上記のリプからさらに思いを巡らせてみました。冒頭の愚痴について、

①「どうして何にも関わってないくれないの!?」→身体的支援不足

②「辛いのは子どもや私なのに被害者ヅラするな!」→精神的支援不足

妻の夜泣きの辛さはこの2つに分解されるのではないかと。そして「朝早く起きて、即フォロー」は身体的にも救われるし、精神的にも「昨晩のこと気にかけてくれてたんだ…!」という精神的支援にもなりうる最善手だったのです…!

▪それでも旅は終わらない

理論上はこうなのかなあ…というところまでは自分の中で納得がいったものの、実践レベルではまだまだです…。まずは気にかけるという精神的支援から始めてみようと思います。

 

 

#5 童謡に動揺しない

今日は童謡が持つ、すんごい力とそれを感じるまでの道のりについめまとめてみます。

▪玄関を開けるとそこは異世界でした

それは、子どもが誕生し、実家から妻子ともに戻った(距離は新幹線で数時間かかるくらい離れています)直後のことでした。

妻子ともに新天地になじめず、私が仕事から帰ると、「童謡(CDかけ流し)と子どもの泣き声と妻の疲弊した顔にあふれた異世界が広がっていました。私もまだまだ未熟者なもので、「仕事から帰ってきて、これか……」という気持ちもありながら、何より思ったのは「家で童謡が流れているという違和感」でした。

そして、妻も歌っている。

挙句の果てに、妻からの「歌いかけると落ち着くから」というアドバイス

歌う…?僕が…? 

「ぐぬわあああああああああああーーーー!!(恥ずかしさ、新しいことへの怖さ等、いろんなものを混ぜた何とも言い難い感情)」
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↑心の中ではこんな感じでした。

▪動揺から「童謡SUGEEE!」まで

とにかく恥ずかしさが最初はあったのですが、よくよく考えてみると「童謡を歌って恥ずかしくなるような気を遣う相手と私は結婚したのか?」ということと、何より「子ども泣き続けるし、いっちょやってみっかあ…!」という気持ちが上回り、恐る恐るモゴモゴしながら歌ってみました。

すると…

「み…見てる…!いや、聴いている!」

凄い…!凄いよ!童謡!ここから童謡の持つ魅力に取り憑かれました。私が思う魅力を幾つかまとめます。

①リズムも歌詞もシンプル

シンプルだからこそ、子どもは安心するのだなあと歌っていて思いますし、歌詞を聴いて思い出して、喜んだりします。

それと、シンプルだからこそアレンジできます。子どもは緊張と緩和を意図的にすると結構笑ってくれます。決めどころの前に溜めたりすると、ゲラゲラ笑ってくれます。

シンプルだからこそ、素人でもライブ的なアレンジがしやすいなあと思います。

②泣き止まないで困った時の必殺技

色んな歌を歌っていると「お気に入りの歌」が出始めます。このような歌をお風呂や寝る前等グズグズした時に歌うことによって子どもが平静を取り戻します。

夫は「おっぱい」という究極奥義を持たない以上、童謡という必殺技を覚えて損はありません。

③声を覚えてくれる

 これが1番です。妻と比較すると、どうしても子どもといる時間が少なくなり始めますが、歌いかけるということは話しかけるということでもあるので、子どもからしたら、

「何か、このオッサンの声ばっかり最近聴いてるなあ…」

という感情が生まれ、それが安心感をうみます。すると、凄い子どもが僕に笑ってくれるようになる!これが最高です!

 

是非とも童謡に動揺しない人生をオススメ致します。

#4 帰宅直後の「子ども(もしくは妻)どう?」の投げかけは気にかけてるようで気にかけていないのかもしれない。

先日以下のニュースを見ました。

 http://news.line.me/issue/oa-president/6d9277dcad4a?utm_source=Twitter&utm_medium=share&utm_campaign=none&share_id=kdC30367603542

育児・家事分担…若手家族の永遠のテーマでしょう。私の家族は今妻が育休中なので上記記事とは環境が違うわけですが、育児・家事分担については色々議論が夫婦間で飛び交っています 。

SNS上でも、ホワイトボードに何か家事を全て書き出して見える化して、「ここから旦那の分担をどうするか…(※この時点では旦那の分担は『 ゴミ出し』のみ)」という投稿をし、独身男子から「仕事じゃねーんだから涙」「これだったら俺独身でいーや」みたいなが地獄絵図が私の周囲でも散見されています…。

冒頭の記事のように、育児・家事時間を夫にもっと担ってもらうということは1つの課題として、その前に少しでも妻へできることはないか考えたことがあり、少しそれで良化傾向がみられたので、今回はそのことについてまとめてみます。

▪「子ども(もしくは妻)どう?」という言葉の曖昧さと危うさ

大前提として、妻は「自分のとこを気にかけてほしい」と思っています。これは子どもがいようがいまいが同じでした。

この前提に則って、以前は仕事から帰る度に「〇〇[子ども(もしくは妻)の名前]今日どうだった?」ときいていました。しかし、この投げかけはほぼマイナスな返事をもらうことが多かったのです…。

愚痴をきくのも妻のためならば…と思うものの、もう少し返答をプラスの方向に絞れないかと考えました。

▪会話に連続性を持たせる

「今日どうだった?」という曖昧な投げかけでは、妻の頭に1番先に浮かんだ印象深いことが返ってきます。育児は常にしんどさを日々増していくので、これではマイナスの返答になりがちになります。

そこで「昨日聞いた話から、どのように変化したか?」をきくことにしました。例えば…

  • 「この前、『 昼はあんまり寝られなくなった』って言っていたけど今日どうだった?」
  • 「昨日、『 昼ごはんあまり食べなくて…』って言ってたけど今日はこの前より食べられた?」
  • 「昨日雨だったから外出られなくてしんどかっただろうけど、今日は晴れたからお出かけしたの?」

というような感じで、常に「この前よりどうだったか?」を投げかけ続けました。すると、良くなった日は必ずそのことを話してくれますし、「何で今日は良かったか」も話してくれます。このことで今日の成果の再現性が高まってきます。こうして繰り返す愚痴は少しづつ減ってきました。

当然毎日良くなるということはなく、「今日もダメだった…」という日もあります。それでも、今日したことを話してもらい、明日チャレンジして同じように投げかけ続けると、少しづつ良い方向に向かって言っているのを感じます。

 

#3 誰も言わないなら代わりに言ってやろう。子ども誕生以降は「自由時間圧縮世界」なのである。

自分の子どもについてはほぼ全員が「可愛いよ」といい、それと一緒に「けど、結婚は地獄」というセリフがついて回ってくるという話は色んなところでききます。

 

しかし、何故か「子育ては地獄」という話はききません。恐らく子どもの話題は話題はクリーンでなくてはいけない、という風潮があるからかもしれません。

 

本日皆さんに(特にまだ子どもはこれから、という旦那さん)お伝えしたいのは、「育児は地獄。しかし妻はもっと地獄」ということです。

 

▪圧倒的自由時間減少への考察

 まずこれはなぜみんな言わないのか。

「子どもが産まれることで、夫の自由時間の70%は減少し、そして妻の99.9%自由時間が減少する」個人差はありますが、これが真理です。

 

産後クライシス、産後の夫への愛情減少等、産後の夫婦間のトラブルはこの自由時間圧縮現象の歪みから生じるのだと感じます。

 

そしてお互いの自由時間圧縮を「物理的に」カバーする(≒家事育児を完全に二分する)ということはほぼ不可能に近いです。なぜなら、妻の方(現在育休中)が子どもといる時間が長く、子どもがいる分そこに消費される時間が長くなってしまうことは必然だからです。

 

しかし、だからといって「しょうがない」ですましたりすることも避けたい…。そこで少し考え方を変えてみました。

 

▪まずは「見ている」という安心感

99.9%自由時間が圧縮された妻のために色々手伝おうと自分で動いたり、妻に「何か一緒にやろうか?」ときいたこともありました。

 

しかし、全部ダメでした…。逆に妻の描くスケジュールを乱しているような結果となりました。

 

そこで今度は子どものそばにずっといること(遊んだりもしますが基本的はそばにいて子どもの近くでニコニコしているだけ)にしました。すると妻から衝撃的な一言があったのです。

 

「ああ~なんか、子どものそばにいてくれるだけで安心するわ~!」

 

え?!これだけで良かったの!?

と本気で思いましたが、どうやら妻は自由時間をそのまま取り戻したいわけではなく、ずっと子どもを守らなければいけないというプレッシャーから解放されたい、ということに気づいたのです。

 

そうなると、平日も早く帰って子どもと一緒にいよう、という発想に繋がります。「早く帰って家事をしよう」と思っていた自分から少し考え方が変わって楽になりました。